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2018/4往生
年明けの2月早々、福井県と石川県を結ぶ国道において、37年ぶりの大雪のため通行困難となり、3日間で約1500台が巻き込まれたのは記憶に新しい。
すぐさま近隣の民家や飲食店の温まる協力などが行われ、阪神大震災や東日本大震災などの経験が活かされたことであった。
この時にとても気になったのが、「立ち往生」という言葉であろう。辞典で調べてみると、①事故などで、電車や自動車が身動きのとれない状態になること②物事が行き詰まりの状態になって処置に困ること、とある。つまり一般的に汎用されているのは、「思い通りにいかずに困り果てること」を意味するのではなかろうか。 もちろん仏教の大切な言葉である「往生」が転じたものでる。本来「往生」とは、覚りの世界(浄土)へと生まれ往くという意味である。私たちにとって一番困ったことといえば、「死ぬ」ことではなかろうか。その一番困った「死」ということが、「往生」と繋がり連想されたのも無理はない。
しかし、「往生」=「死」では決してない。生まれ往くということであるから、この身に「如来よりたまわりたる信心」によって、「悪を転じて徳を成」されていくことであろう。どこまでも命終をもって「往生」というのではなく、「煩悩具足の身」は変わることはないが、「生き方」が転換されることこそが「往生」というのではなかろうか。 南無阿弥陀佛(輪番)

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