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2015/5三間喪失
「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」と、信州大学の山沢清人学長が今年度の入学式で新入生に対して語りかけました。大学の願いとしては、学び続け・新しい場 所を訪ね・新 しい人に会うことを通して、時間を有意義なものにし、独創性のある個性豊かな人間になって欲しいというものである。 確かに「スマートフォン」の普及によって、便利で快適な生活が送れるが、反面それによって時間に縛られ、人間関係の希薄さを露呈していることも事実であろう。ネット社会が主流になる中で、 さらに虚しさや孤独という不安を抱えて生きる姿がますます深まっているように感じる。 昔から「三間喪失」という言葉がある。つまり私たちは、「時間・空間・人間(じんかん)」の三つの間柄を失っていると指摘される。先ず時間であるが、利便性や効率化など時間に捉われることで 、本来の「ゆとり」を見失っている。次に空間とは、居場所である。私が私のまま安心して生きることが出来る場が閉ざされ、その本来の「いのちのふるさと」を見失っている。最後に人間という、 間柄を生きる人間関係が薄くなり、本来の「つながり」を見失っているのである。 このように私たちは、関係性の上に成り立っている存在を見失い、本来生きる場と時を見失っているのである。いよいよ親鸞聖人の「地獄は一定すみかぞかし」(『歎異抄』)と云われた、「煩悩具 足の凡夫の自覚」に学んでいかなければならないと思うのである。南無阿弥陀佛(輪番)

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